8月のレッスン日程に一部変更が出ました。レッスン時に配布するスケジュール表からも変更しているクラスがございますので、ご予約の際は、こちらのウェブサイト上にある最新スケジュールをご確認ください。
ご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんが、何卒よろしくお願い申し上げます。
カルカッソンヌからナルボンヌ、カマルグ湿地帯、ユゼ。翌日はル・ヴィガン、ミヨーと走ってトゥールーズへ。初めて耳にする南仏の街ばかりをドライブした3日間の旅路。
レンタカーオフィスの人に「3日間で何キロくらい走る予定か?」と聞かれたとき、500キロくらいだと友人は言った。500キロという距離をまるで体感できていない私は、よし3日間で感じてみようと思った。それであとから書き留めてみようと決めた。なので、今回の日記はちょっと長めです。
カルカッソンヌを出て、地元の産直所みたいなところに寄りました。畑でとれた野菜やハーブ、果物のジュースやちょっとした土産物が並ぶ。プラスチックボトル入りの手作りワインは砂糖を混ぜて寝かせるんだそうで、ほろ苦いオレンジのような甘い香りと味がしました。
ローヌ川と地中海にかこまれた南フランスの三角州、カマルグ湿地帯。
カマルグはフランスでは珍しい稲作地帯で、田園風景がまるで日本の田舎のよう。見通しがいい道路に降りると、あたりは香ばしいような、青いざわめきのようなすがすがしい匂いが漂う。蝉や羽虫がいっせいにジリジリと鳴いていて、懐かしいようなデジャヴに襲われた。
空と麦穂が描く境界線をぼんやりと眺めていたら、景色はあっというまに葡萄畑とオリーブ畑になって、惜しみなく緑色に変わっていく。収穫にはまだ早いけれど、何も実っていなくても美しいことに気がついて驚いた。ざっくり整えられた畑は風通しがよく、土は畑へ、畑は空へと繋がっていて、光いっぱい広がる視界。
海岸沿いへ出ると一変、大小さまざまな塩湖があらわれ、風はゆるやかに潮の味へ変わりました。
2日目の宿はユゼという街。
こじんまりと情緒ある街なのに、なぜか市街地にはホテルが1軒も見つからず、ずいぶん外れのホテルへほうほうのていでたどり着く。フロントのおじさんが朝ごはんにスクランブルエッグを焼いてくれるような、とても素朴でよい宿でした。
ユゼでは小さなマルシェにも立ち寄りました。
南仏らしく、看板商品にはにんにくがゴロゴロ。三つ編みでかわいい。
いろいろ味見させてもらって、日持ちしそうなドライソーセージやチーズを何種類か買った。すごくおいしい地のワインにも出会ったけれど、帰りは飛行機に乗るから泣く泣くあきらめた。
最終日の目的地はトゥールーズ。今夜は何が起こってもそこから飛行機でパリへ帰らねばならない。車での概算時間は6時間ちょっと、ホテルのおじさんが教えてくれた「ベストコース」に従って、ユゼからトゥールーズへひた走ることになりました。
山あいの街の気どった感じのしない小さな食堂で、遅いお昼ごはんを食べました。前菜はガスパチョ(思えばこれはスペイン料理)、そして南仏での食中酒にはロゼワインが欠かせない。カラリとかわいた初夏の強い日差しに、この組み合わせは文句なくおいしかった。
メインはバベットステーキという牛ハラミのステーキ。やわらかいのに噛みごたえがあって肉汁たっぷり、付け添えはポレンタ。お昼時には、定番のビストロ料理を旅先らしくのんびりと味わうのが好きです。
エッフェル塔よりも東京タワーよりも高いという、世界一高いミヨー橋をくぐった。
ミヨー橋への道中、ヒッチハイクをしていたフランス人の男の子を乗せました。去年の秋に地元の北フランスを出て、野宿やファームステイを繰り返しながら、自分の足を使って徒歩で旅しているという。「歩くスピードでフランスを見てみたかった」、「ほかの国を知れば知るほど、自国のことを知りたくなったんだ」という彼の言葉が、私にはとても印象的だった。そして、フランス語と日本語と英語、車中の旅人それぞれ2人には共通語があるのに3人で話すには共通語がない、そのことにもハッとなった。でも、いつもしゃべっている感覚と同じように、ハキハキと相手の顔を見てゆっくりしゃべれば、言葉の壁はあまり感じなくなるものなんだ、たぶん。
そういえば私は、車に乗っている間じゅうずっと、窓を1/3くらい開けて手のひらを外の風に当てていました。どこも見逃さないよう首を動かし、写真にもおさめ、どこも感じ逃さないよう車から降りたときはめいっぱい風に当たって空を仰いだ。夕方遅くにトゥールーズの空港へ着いたとき、予定していた移動距離の500キロはゆうにオーバーしていたと思う。五感をくたくたになるまで使い果たしたなぁ、それが南フランスで感じた私の500キロ。距離は違えど、その感触に初めて旅したベトナムのことを思い出しました。私と旅をするとくたくたになると友人がボソリと言って、その言葉にもなんだか安心できた。
旅行中、気がついたことは日記帳にメモしたりスケッチしたりしていたけれど、帰国して文章に起こしてパソコンで打ちこんでみてようやく、500キロという異国での旅路を体が記憶したような気がします。
ここまで読んでくださってみなさん、ありがとうございます。
先週末に開催したイベント「まるごとベトナム!Day&Night」。
私が担当した昼の部は、岐阜の農家さんから届いた無農薬のベトナムハーブをかこんでのワークショップ。ひとつひとつのハーブにまつわる香りや効能のこと、食材や料理との相性などを話しながら、実際に現地で食べられているレシピをご紹介しました。
牛肉のロットリーフ巻き焼き。牛ミンチにレモングラスやしょうがをたっぷりと混ぜこみ、ロットというコショウ科の葉でくるくると巻いて網焼きする屋台料理。これだけで食べるのではなく、レタスやオリエンタルバジルなどのハーブと一緒にライスペーパーでさらに包み、甘酸っぱいたれにつけて食べます。口に入れると、スパイシーな牛肉にさわやかなハーブ、香ばしさやたれの風味がいっぺんに広がって、なんともめまぐるしい複雑なおいしさを体験できる。
揚げ豆腐とブン(細米麺)のえびみそだれ添え。これにはキンゾーイというシソ科のハーブが相性抜群。スーッとあとひく清涼感が、濃厚なえびみそだれとうまく調和します。
おなじみの牛肉フォーも、現地さながらにハーブたっぷり。フォーにハーブをどっさりのせるのはベトナム南部のスタイル。リモノフィラというピリッとした辛味やほのかな渋みのある水草、野性的で甘い香りのオリエンタルバジルをのせました。
こちらは夜の部から。この日限定で考案された「ベトナム屋DZO!」のスペシャリテたち。
肉詰めサザエのレモングラス蒸し。現地ではタニシで作る料理です。レモングラスを引き抜くと、サザエの身がぷりぷりとまざった贅沢な肉塊があらわれるというしくみ。
カイン・チュアとよばれる甘酸っぱいスープには、リモノフィラをたっぷりと。
オリジナルカクテルのバジルモヒート。 シナモンバジル×ホワイトラムのコラボレーションは、目からウロコのおいしさで新しい発見!今回のイベントで、個人的にいちばんのお気に入りメニューでした。
枠にとらわれず自由な切り口で、でもきちんと丁寧にベトナム料理を発信していくことがイベントの楽しさ。次回は9月予定です。
★「ベトナム屋DZO!」店主レポートはこちらをクリック→ 昼の部 夜の部
パリには古いつきあいの友人が暮らしていて、誘われて初夏の南仏へ行くことになった。南仏といってもプロヴァンス地方ではなく、スペイン国境に限りなく近い南西地方。ワイン好きの人ならば、「南西部」とか「ラングドック地方」とか言うとわかるあたり。
白昼の 葡萄葉ゆらす 蝉の声
蝉は南仏でも夏の風物詩なんだそうです。
初日の宿は、カルカッソンヌという街。
晩ごはんに、郷土料理のカスレを食べました。白いんげん豆の煮込みに、地のソーセージや鴨のコンフィを加えてオーブン焼きにしたもの。豆が肉の旨みをたっぷり吸って抜群においしい。食べごたえもあって満足。
カルカッソンヌは、世界遺産にも登録されている威風堂々とした城下町。でもそれだけ、城塞以外にはなにもない日常風景の街なのです。こういう潔さが、ヨーロッパの歴史解釈のよいところと思う。
これから先、なんてことないときにフッと思い出すような景色に出会えたなぁと、ひさしぶりにしみじみ感動しました。
パリから飛行機に乗ってスムーズに入るはずの南仏への旅程は、しょっぱなからいろいろあって列車になった。目的地までの時間は何倍もかかったけれど、目的地までの時間を生憎と感じるか機会と感じるかで、旅は全然ちがうものになると思った。
起こったことは受け止めればいい、という旅先での解放感が私は好きです。飛行機に乗れなければ別の乗り物でいけばいい、足りなかった時間はそれ以上の感動で補えればオーライ。雨が降ったら濡れればいいし、おいしいものは自分が選ぶだけにあらず。そういうリズムに身をまかせていると、時間のゆるぎなさや自然の強さをヒシヒシと感じることができて、だからこそ出会えた偶然の世界に、今ここで旅人でよかったなぁと思えるような気がするのです。
みなさんは、どんな旅をしていますか?
つづく
6/19にオープンした東急ハンズ京都店、3階のキッチンフロアにてレシピコーナーを展開していただいています。
電子レンジ調理器具や東急ハンズセレクトのキッチン雑貨とのタイアップで6点、写真とイラスト付きレシピでご紹介しました。「蒸し暑い季節になるべく火を使わず料理したい」、そして「京都らしい夏食材を食べたい」というリクエストからできあがった料理たちでした。レシピはお持ち帰りできます。
早春から初夏まで、新しい店舗作りに奔走するスタッフさんとの二人三脚で、楽しい企画をご一緒しました。ボチボチではありますが、こうやって大好きな地元の京都で自分の料理を形作れること、とてもうれしく思います。展開期間は7/30まで、お立ち寄りの際はぜひのぞいてみてください。
フランスで食べたもの。
鴨のステーキ、付け添えはマッシュポテトと洋ナシのソテー。1人のときの食事に重宝していたのが、こういうカフェのメインプレートランチ。日本のカフェランチとは心意気がもう全然違う。肉、いも、ワインという組み合わせにストンと落ち着く体ですが、胃袋と味覚維持のため、こういう食事はがんばって1日1食にとどめる。
アンドゥイエットという豚の内臓や香草入りソーセージを、グラタン仕立てにしたもの。おばちゃんシェフがひとりで厨房を担っていて、どっしりとあたたかい家庭の味がした。こういう町場のビストロ料理が、もっとも好きなフランスの食べものと思う。
アペリティフの時間。
パリには今、自然派ワインのカーブがあちらこちらでにょきにょきとできていて、ちょっとしたアテと一緒に飲んだり買ったりすることができる。これが今回、私のいちばんの旅の楽しみでもありました。どうやってスライスしたのかこの超絶に薄いドライソーセージは、宿近くのワイン屋さんにて。
ハシゴしてもう1軒(1本)。アテは山羊のチーズと、とびきりおいしいオイルサーディン。チーズにはごく細かく刻んだミントが添えられていて、この食べ方がすごく気に入った。料理もサービスも1人きりだから、本当に簡単なつまみ(冷たいおつまみ、とメニューには書かれていた)しかないし、ラフな盛り付けでワインの説明も簡潔、それでも呑兵衛心をチョコチョコくすぐります。ああ、こういう呑み屋をいつかやりたい。
朝ごはんの定番はバゲットサンドウィッチ。ハム&バター(ときどきチーズ)が安心のへヴィローテーション。
ベトナムのサンドウィッチ、バイン・ミーも食べてみた。中華街にはリーズナブルでおいしい専門店もあります。バゲットには堂々たるボリュームがあり、なますはにんじんばかりどっさりで、そのあたりがフランス風なのかもしれない。ハムや焼き豚は、でもちゃんとベトナムの味。ゆるい塩梅で「メランジェ(ミックス)」なのです。
2日にいっぺんは自炊生活。パリで今年の初そうめん。
日本食が恋しいというよりも、ここでの食生活は野菜や食物繊維の不足と常に戦わねばならない。日本から持って行った食材で活躍したのは、麺つゆ。硬水の国ではダシっぽい味を作るのに手間どるので、すでに味がバッチリできあがっている麺つゆはいろいろと重宝しました。
何年たっても、味や盛りつけ、テーブルの雰囲気や一緒にいた人との会話、その皿のまわりのあらゆる情景をぼんやり思い出すことができる。おいしいもまずいも、当たりもはずれもひっくるめて、それが旅先での食事に私が求めているものなんだと、改めてわかった。
つづく
長い休暇をいただいて、フランスに行ってきました。
パリには、ふと立ち止まりたくなるような想像力の余地がたくさんあります。
公園のあちらこちらに、てんで好き勝手にセッティングされる椅子。木陰で井戸端会議や、一人二脚で読書昼寝にふけったり。
パリにいる毎日、セーヌ川のそばを歩きました。そこにいつもあるという安心感が、鴨川に似ているからかもしれない。
セーヌ川ダンスホール。昼が長い夏のパリで、人々はみんな夕方からの時間の過ごし方が上手だと思った。
フランスのベトナム料理屋さん。おずおずとのぞきこんでは、なかなか入れない。
散歩して壁画の絵描きに出くわすこともあれば、
ジョギング中に池畔でやすむ白鳥にも出会う。
どこへ行きたかったわけでもなく、特別においしいものを食べたわけでもなく、どうしても欲しいと思ったものはなにひとつなかった。1日にひとつの予定をすませられたらじゅうぶんで、日本からもっていった情報はほとんど役に立たなかった。それでも日々は感じることがありすぎて忙しく、それを整理することもままならずにまた次の日がやってきて、時間なんて全然足りないような気分になった。
旅のほとんどは、偶然とそこから生まれる喜怒哀楽だけでいい。3度目のパリで、そういえば私はまたルーブル美術館に行けなかったなぁと思ったのです。
つづく
再び、新刊のおしらせです。
『おうちで作れるエスニックおかず』(主婦の友社)が本日発売しました。敬愛する大先輩、そしてプライベートでは大好きな友人でもある料理家・重信初江さんとの共著です。重信さんは韓国料理レシピご担当、私はベトナム&タイ料理レシピを担当しました。
トップを飾るのは、生春巻きやフォー、グリーンカレーなど「人気のエスニックレシピ」。エスニック独特の食材や調味料を多用し、できあがりの味や作り方をイメージするのが難しい料理が多いため、ひとつひとつのプロセスとともにじっくりご紹介しています。
白ごはんがすすむふだん着のおかずや、
ビールがすすんでしまうごはんや麺ものは、エスニック料理の真骨頂。
野菜がもりもり食べられるおかずサラダやスープもあり。
今回の著書は、主婦の友社から発売されている「実用No.1」というシリーズの1冊のため、レシピページだけでなく、基本食材の扱い方やダシのとり方、タイ米の炊き方まで、初めてエスニック料理に触れる方へのこまやかな説明も充実しています。
重信さんの韓国料理もチラリと。本を作っているあいだは別々に作業していたので、できあがって手元に届いた今、垂涎。
判型の小さい本が多くなってきたなか、このどっしりしたサイズはひさしぶり。キッチンに置けば安定感があり、これぞ実用書、という姿で気に入っています。
料理教室でも販売しますので、お気軽に声をかけてください。そしてもちろん、書店さんでぜひ手にとっていただければうれしいです!
『dancyu』(プレジデント社)7月号に掲載されました。
「インドじゃないカレーの作り方。タイとベトナム」というタイトルのもと、カレー4品を作りました。ガッツリ現地仕立てのものあり、日本でおいしく再現できるアレンジもあり。レシピだけでなく、カレーにまつわる現地での食文化や、アジア食材の扱い方なども丁寧に紹介していただきました。
編集者さんにレシピ案を出すとき、私はいつもイラストを描いて料理の説明をするのですが、今回はそれが採用された紙面に。あまりにもゆるく稚拙な絵を、すっきりと素敵にデザインしてくださったデザイナーさんや編集者さんに多謝。とても楽しいページになりました。
『dancyu』は、昔から愛読している食雑誌のひとつ。大好きな紙面で、大好きなベトナムやタイの料理をご紹介できたこと、本当に光栄に思います。書店さんで見かけたら、ぜひ手にとっていただければうれしいです!
部屋にこもって文章書きばかりやっているせいか、烏丸通はおろか、堀川通より東へも出かけていないじゃないかと思う最近。おかげで、近所の食べもの屋にだけはいろいろと出会いがあります。
半月にいっぺんくらい、足を運んでいる喫茶店。
ここのランチ定食は、からあげとかトンカツとかハンバーグとかサバ塩焼きとか、なんてことない和食なのに深いおいしさ。それは、なんてことないただの和食ではなくて、誰かの体のことまで思ってきちんと作られた日本の味。喫煙できる喫茶店だから、お客さんには近所の会社の人や常連のおじさんが多いけれど、若い女の子のひとり客や美大生みたいなカップルもいたりして、喫茶店は人間観察も楽しいのです。厨房にはおばあちゃんとおじさん、フロアをまわるのはおばちゃんばかりで、若い人なんてひとりもいない。気がつけばすぐお客さんの会話に参加している。そういうところも気に入っている。
緑が店先にまでこぼれんばかりの不思議空間、カレー屋さん。
ベトナムやタイのカレーは自分でもおいしく作れるけれど、インドのカレーはなかなか手ごわいから、潔くあきらめて外へ出かけていくことにしています。スパイスと油と塩だけなのに、その3つがあわさると驚くほど体をすっきり軽くしてくれることが、ちょっとずつわかってきたような。
初めて行ったのに初めてな感じがしない、愉快なイタリア食堂は10周年。
ご近所自営業なかまの昼酒会にまぜてもらった。平日の13時半時集合ってあたりが、なんとなくイタリアっぽいなぁと思った。すこーんと開け放たれたカウンターで初夏の風にあたりながらワインを飲むと、まるで旅先にいるような気分になって、異国料理というのは、食堂というのはこうあるべきかもしれないとふと思ったのです。
料理教室を始めて間もない頃、大阪のベトナム料理屋さんでアルバイトをしていました。心斎橋の一角にある小さなビルの2階、決してわかりやすい外観ではなく、華やかなメディア情報があるわけでもなかったけれど、出てくる料理の1皿1皿にはベトナムの味がきちんと表現され主張されているところ。
そんな大切なレストラン「インドシナ」が心斎橋から移転して、淀屋橋でリニューアルオープン。先日、レセプションパーティに声をかけていただき足を運んできました。
オーナーの山上さんはベトナム在住が長く、そのせいか日本独特の仕事リズムに乗らずいつでもマイペースで、私にはそれがどこか安心できた人。奥さんでシェフを務めているユキさんは、子供の頃から日本に暮らしていたベトナム人で、自分の家庭料理を遠い異国で見事に昇華させる料理人。この店で働きたいというよりも、この人の下で学びたいと、私は料理人として初めて憧れたことを思い出します。
働き始めた頃は料理教室も月に2回や3回だったから、週の半分以上、私はそこでアルバイトしていたと思います。まずはお客様を知らなければいけないという方針で、最初はフロアスタッフから、そのあとは念願の厨房に入って鍛えられました。シェフから教わったのはレシピだけではなく、おいしいものを作り出すキッチンの空気感。「ベトナム料理はこういうふうに作らなければ」とか「私のベトナム料理ってなんだ?」とか、どうにも重たかった自分の脳みそが、のびのびと柔軟に料理するシェフの下でずいぶん変わってゆきました。ユキさんの料理方針は、とにかく実践。煮魚や豚の角煮の味つけや、何種類もに及ぶタレの配合、ライスペーパーの巻き方やバイン・セオの焼き方も、すべて気前よく惜しみなく、子育ての合間をぬって手間暇かけて教えてくれた。いつか人を雇う身になれるのなら、私もこういう上司になろうと思った。
パーティには、昔の職場仲間もたくさん集まりました。料理人として未熟だった私を、山上さんやユキさんと一緒に丁寧に育ててくださった先輩たちには、同じく今でも敬愛の念が尽きません。ひさしぶりに交わすお酒も尽きず、長い夜が更けました。
おまけ。
ベトナムビールとして有名な「333(バーバーバー)」は、なぜ現地で「33(バーバー)」と、「3」がひとつ少ない愛称で親しまれているのか。フランスで売られているというこのビール瓶に、その謎が少し解けた気分。ラベルに書かれた「33」という文字、これもまた植民地時代の置き土産かもしれません。
フエ料理のつづき。
フエの郷土料理には、「Banh Hue バイン・フエ」とよばれるプルプルした餅料理がいろいろあります。Banh(バイン)というのは、いわゆる粉もん。米粉や薄力粉、タピオカ粉などを使って生地を作り、加熱して料理やお菓子にしあげたもの。フエでは特に甘くないBanhが充実していて、宮廷料理の前菜などにも登場しますが、街中の食堂などにも庶民の味として定着しているので、気軽なおやつ代わりに食べることができます。
小皿で蒸した一口サイズのお餅、蒸し餅と揚げ餅がくっついたおもしろい食感のお餅、タピオカ粉で作る弾力のある透きとおったお餅… Banhの品書きはさまざまですが、材料は実にシンプルで、粉、えび、豚肉に、あとはトッピングのねぎくらい。皇帝がもとめた多種多様な食生活に、このあたりの厳しい気候環境が加わって、少ない食材でいかにバラエティに富んだ料理を生み出せるか、ささやかで楽しい工夫がいっぱいです。
私の好物は、「Banh nam バイン・ナム」という米粉の蒸し餅。米粉とタピオカ粉をあわせて練った生地に、えびや豚のミンチなどをのせて香りよい葉っぱで包み、薄く長くのして蒸したもの。蒸しているあいだじゅうホカホカと湯気がのぼり、ふたを開ければ葉っぱと米の濃密な香りがはじけ、食べる前からプルンプルンの食べ心地が迫ってくる。大きなアルミ蒸篭の前で、私の脳内はしばしフエの餅屋へ飛びます。
今日のベトナム料理教室で作った、蓮の実ごはん。
ベトナム中部の古都・フエの宮廷料理で、蓮の実入りの炊きこみごはんを蓮の葉で包んで蒸し上げ香りをうつす、と手間ひまのかかる1品。蓮の実、鶏肉にえび、色とりどりの野菜…と多種の具が贅沢に使われるこの米料理に、その頃の王様たちの華やかな食生活を想像することができます。昔ながらのレシピでは、ごはんを炊くときに蓮の実のゆで汁を使い、あっさり味ながらも清らかな香りをふわっと繊細に生かしてしあげるのが特徴。現代のレストランでは、前もって炊いてあるごはんで蓮の実入りチャーハンを作り、しあげに葉っぱにくるむだけのところもありますが。
現地ではフレッシュな蓮の葉が市場で手に入りますが、日本では中華食材店で乾燥のものを調達します。色は少し渋くなってしまうけれど、乾燥ならではのくぐもった深い香りも私は好き。ひと晩かけて水でもどすので、このレッスンの前夜は、暗いキッチンに青くすがすがしい香りが漂うのがお楽しみです。
タイではマンゴーをもち米と一緒に食べる。ココナッツミルクと砂糖でたっぷり甘く炊き上げたもち米にのっけ、上からはさらに塩味のココナッツミルクをかけるのです。むむむ…と疑りながらも、口にすると結構おいしい。マンゴーの酸味と甘いもち米がおいしさの相乗効果を発揮し、塩も砂糖を引き立てるための立派な名脇役となっている。この、高カロリー感と罪悪感と幸福感のめくるめくジレンマ。タイにかぎらずベトナムでもそうだけれど、おやつや甘味といったものに与えられている使命が、「甘さひかえめ」を嬉々と謳う日本とはちょっと違うのかもなぁと思います。
異国の料理と日々ふれあっていると、ときどき、味覚の扉がギイッと開く瞬間があります。おいしいとかまずいとかでは表現できなくて、それなりに食に興味をもって生きてきた舌でも、ぽーんとどこかへ放り出されるような味に出会う。
よく考えてみれば、ベトナムやタイの料理だって日本ではまだまだそういう域なのかもしれない。マンゴーともち米が教えてくれたような不可思議なのにおいしい世界を、私は料理教室でちょっとずつお裾分けしたいのだと改めて感じる、今日この頃です。
ベトナムのフランスパンがおいしい、というのは有名なお話。
今月のベトナム料理クラスでは、そのフランスパンを実にベトナムらしくアレンジしたユニークな1品を作っています。
「Banh mi hap(バイン・ミー・ハップ)」、訳すと「蒸しフランスパン」。蒸してやわらかくしたパンに肉そぼろやピーナッツをのっけ、さらにハーブと一緒にレタスで巻いて、甘酸っぱいたれに漬けて食べます。サンドウィッチのように肉や野菜をパンではさむのではなく、パンがくるまれて具になるというのは愉快な逆転発想。蒸されたパンはふかふかとやわらか、食べたことのない独特の食感がやみつきに。
もともとは、かたくなったフランスパンを翌日においしく食べるために考え出された料理なんだそう。私にとっては、でもわざわざ作りたくなるリサイクル料理です。